二宮金次郎と夏目漱石、二人が見た「誠の道」
「誠実」とは、日本人が昔から大切にしてきた精神です。二宮金次郎は、「誠の道」こそが、この世に生まれ生きるのに、なにより大切なものだと説きました。誠とは、一般的に「うそ・偽りがない」「表裏の無い心」のこととされています。
【参考】儒教の四書の一つ、『中庸』には「誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり」とあります。「誠」であろうと努めることが、人間としての務めだと言っています。二宮金次郎はこの『中庸』をよく読んでいました。
「誠の道」は重要ですが、人によっていろいろな捉え方もあるし、その真面目さから堅苦しく思ってしまうかもしれません。昔の日本人も同じように、「誠の道」に息苦しさや、時には矛盾を感じる方がいたようです。明治の文豪・夏目漱石の小説『それから』には、社会(家族)が求める「誠の道」と個人(主人公)が考える「誠の道」の矛盾や衝突が描かれています。
『それから』のあらすじは、高等遊民として親の援助を受けながら暮らしていた主人公が、親友の奥さんと不倫をし、実家から勘当・友人から絶交され、仕事を探すためあてもなく家を飛び出る話です。
これだけ見ると、社会を知らず、安易に不倫に手を出し、すべてを失った失敗話です。しかし、主人公には「純愛」という、うそ・偽りもなければ表裏もない、主人公なりの「誠の道」がありました。いまある暮らしや家族を捨てて友人の奥さんを選びました。しかし、結果は厳しいものでした。

二宮金次郎なら、どうみるでしょうか? 主人公のやっていることは私利私欲だから「誠の道」ではないと一蹴でしょうか?社会の「誠の道」こそが優先されると教え諭すでしょうか?この辺りの判断を誤り、失敗する人が後を絶たない気がします。自分が思った「誠の道」が周りからみて身勝手ではないか、社会が求める「誠の道」から外れていないか、考えさせられる小説でした。皆さまも、一度読んでみてはいかがでしょうか。
(町声レポート2025年2月号より 執筆者:おぜき重太郎)


Comments
“シリーズ 人生に役立つ二宮金次郎の教え(その17)” への1件のフィードバック
[…] 中庸とは、ちょっと難しい言葉ですが偏りや過不足のない状態のことです。二宮金次郎はこの中庸の教えをとても大切にしていました。中庸を説明するには水車のたとえが有名です。水車は、水より上にあっても水に沈んでいても回りません。これを、社会や人(自分)にあてはめてみると、人には欲があり、欲を無くすためには出家してお坊さんになるしかないです。しかし、これでは社会は回りません。そうかといって、私利私欲ばかり追求しても、これまた社会は上手く回りません。水車が回るのは中庸の状態だからであり、欲を制し、義務を果たすこと、そして、自分のことばかり考えるのではなく周りも見渡すことが重要だと二宮金次郎は教えているのです。 […]